正覚山 菩提院 法輪寺

第九番

【御詠歌】
大乗のひほうもとがもひるがえし  
転法輪の縁とこそきけ

本堂

本尊である涅槃釈迦如来像は釈尊入滅の時の姿をあらわす。そのお姿は、頭北面西と言い、頭を北向きに、顔を西向きにして横たわっている。北枕の語源となったお姿である。自身の入滅をもって、まさに諸行無常の教えを説いている。釈尊入滅後、その教えは三国を伝来し、ついには弘法大師空海へと繋がる。「一切衆生に仏性あり」我々は皆、成仏することが可能である。四国遍路とは、自身の持っている仏の種に水をあげる修行である。※画像1

わらじのお守り

むかし、松葉杖なしでは歩けなかった人が参拝にきたとき、参道の真ん中あたりで足が軽くなり、松葉杖なしでも歩けるように完治したという伝えがあり、本堂にはたくさんの草鞋が奉納されている。健脚祈願「足腰お願いわらじ」は納経所で。

法輪寺の歴史・由来

古くは「白蛇山法林寺」と称され、現在の地より北4キロほど山間の「法地ヶ渓」にあって、壮大な伽藍を誇っていたと伝えられる。その礎石や焼土がのこっており、これは天正10年(1582)の戦乱のさいに長宗我部元親による兵火で焼失した遺跡である。縁起によると、弘法大師がこの地方で巡教されていたときの弘仁6年、白蛇を見つけた。白蛇は仏の使いであるといわれていることから、大師は釈迦の涅槃像を彫造し、本尊として寺を開基したとされている。涅槃釈迦如来像は、北枕でお顔を西向きに、右脇を下に寝ている涅槃の姿を表しているが、そばの沙羅双樹は白く枯れ、釈迦を慕い嘆き悲しむ羅漢や動物たちの像も安置されている。開帳は数年に1度で、次回は2020年2月15日に行われる予定である。

現在地に移転し、再建されたのは正保年間(1644〜48)で、当時の住職が「転法林で覚をひらいた」とされ、山号と寺名をいまの「正覚山法輪寺」と改めた。しかし、安政6年(1859)にまたしても罹災している。これは村人が浄瑠璃芝居の稽古をしていた際に、堂内から出火したと伝えられ、鐘楼堂だけを残して全焼した。明治時代になって再建されたのが現在の堂塔である。寺宝に「弘法大師御御衣」が伝えられている。高野山奥の院で入定されている御衣替えの恒例にちなんで、明治15年(1882)、明治天皇が法輪寺に下賜されたものである。

法輪寺の見どころ

本堂に奉納されたわらじのお守り

法輪寺の年中行事

本尊御開帳
日時:数年に一度

第9番札所 正覚山 菩提院 法輪寺 (しょうかくざん ぼたいいん ほうりんじ)

宗派:高野山真言宗
本尊:涅槃釈迦如来
開基:弘法大師
創建:弘仁6年(815)
真言:のうまく さんまんだ ぼだなん ばく

アクセス情報

所在地:〒771-1506 徳島県阿波市土成町土成字田中198-2
電話:088-695-2080
駐車場:普通50台・又はマイクロバス30台・又は大型10台・無料
宿坊:なし
公式HP:なし

土成インターチェンジから、国道318号線を鴨島方面へ進み、県道12号線を脇町方面へ進んでいると看板がでているので道なりに進んで行くとたどり着きます。
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