龍頭山 光明院 金剛頂寺

第二十六番

【御詠歌】
往生に望みをかくる極楽は
月のかたむく西寺の空

霊宝殿

収蔵する木造阿弥陀如来坐像、板彫真言八祖像、銅造観音菩薩立像、金銅密教法具、金銅旅壇具、銅鐘、金剛頂経などはすべて国指定重要文化財。※画像1

知光上人御廟

当山二代・智光上人は弘法大師伝によると、世に隠れたる聖人二人であり、一人は大和の室生寺堅恵大徳、一人は土佐金剛頂寺の智光上人とあり、堅恵は智恵第一の人、智光は行力第一のの聖人と讃えられています。上人はかつて大師禅定の西寺根本樹下の法窟に籠もり、一生山を出ずして精進修行し、大師が承和2年3月21日高野山に御入定と知るや、御後を慕いて、同年4月21日この地に大師と同様、寂然として入定留身し給うと伝えています。※画像2

金剛頂寺の歴史・由来

室戸岬から海岸沿いに西北に向かうと、土佐湾につき出した小さな岬がある。硯が産出するので硯が浦ともいわれる「行当岬」である。その岬の頂上、原始林の椎に覆われて静寂さがただよう境内が金剛頂寺であり、室戸三山の一寺院として「西寺」の通称でも親しまれている。朱印も「西寺」と捺される。当寺から4㎞のところに女人堂と呼ばれる不動堂がある。若き弘法大師はこの間を毎日行き来し修行した霊地であり、行道したことから、「行当」はその名残かもしれない。縁起によると、大師が平城天皇(在位806〜9)の勅願により、本尊の薬師如来像を彫造して寺を創建したのは大同2年と伝えられている。創建のころは「金剛定寺」といわれ、女人禁制とされて、婦女子は行当岬の不動堂から遙拝していたという。

次の嵯峨天皇(在位809〜23)が「金剛頂寺」とした勅額を奉納されたことから、現在の寺名に改め、さらに次の淳和天皇(在位823〜33)も勅願所として尊信し、住職は第十世まで勅命によって選ばれており、以後、16世のころまで全盛を誇った。
室町時代に堂宇を罹災したこともあったが復興ははやく、長宗我部元親の寺領寄進や、江戸時代には土佐藩主の祈願所として諸堂が整備されている。昭和になって注目されるのは正倉院様式の宝物殿「霊宝殿」の建立である。平安時代に大師が各地を旅したときの「金銅旅壇具」は、わが国唯一の遺品であり、重要文化財が数多く収蔵されている。

金剛頂寺の見どころ

霊宝殿・奴草・鯨供養塔(鯨の供養塔。別名「クジラ寺」)・一粒万倍の釜(大師が炊いた米が一万倍に増え、人々を飢えから救ったという釜)

金剛頂寺の年中行事

弘法大師像ご開帳
日時:旧暦3月21日
場所:大師堂

本尊薬師如来像ご開帳
日時:12月31日〜1月8日
場所:本堂

第26番札所 龍頭山 光明院 金剛頂寺 (りゅうずざん こうみょういん こんごうちょうじ)

宗派:真言宗豊山派
本尊:薬師如来
開基:弘法大師
創建:大同2年(807)
真言:おん ころころ せんだり まとうぎ そわか

アクセス情報

所在地:〒781-7108 高知県室戸市元乙523
電話:0887-23-0026
駐車場:普通20台/200円・マイクロバス3台/400円・大型3台/1,000円(各午前7時〜午後5時)
宿坊:あり(100人)
公式HP:なし

南国インターチェンジから、室戸を目指す方向で国道32号線・国道55号線と走り、室戸市のバス停元橋のところで左折、道なりに約2km走ると右手にあります。
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