白牛山 千手院 国分寺

第八十番

【御詠歌】
国を分け野山をしのぎ寺々に
詣れる人を助けましませ

本堂

 鎌倉時代、旧講堂跡に再興された国の重要文化財。本尊はケヤキの一本造りの秘仏。(ご開帳は60年に1度、次回は2040年を予定)

梵鐘

 創建当時から残る四国最古の鐘。興味深い伝説が多いことでも有名。

国分寺の歴史・由来

奈良時代の創建当時の遺構をよく残した寺で、旧境内の全域が四国で唯一の国の特別史蹟。本堂は、前面と背面に桟唐戸のある鎌倉中期に再建されたものです。また境内地の中心部には創建当時の本堂の礎石・33個が点々と配置されていて、現在の唐招提寺の金堂に匹敵する規模です。また、山門を入ってすぐ右手には七重の塔の礎石も残り、現存すれば京都・東寺の五重塔を超す大塔だったと推定されます。寺の創建は聖武天皇の時代。勅命を受けた行基菩薩がの開基した讃岐の国の国分寺です。その後、弘仁年間(810〜823)に弘法大師が本尊千手観音像を修理し、霊場に定めますが、「天正の兵火」で堂塔のほとんどを焼失。鎌倉時代には西大寺の末寺であったとする記録があり、その頃、現在の本堂が建てられ、その後、高松藩主・生駒氏や松平氏のひ護を受け、今に至ります。

また、この寺で有名なのは四国最古の梵鐘(ぼんしょう)大蛇がかぶっていたという伝説とともに次のような実話があります。江戸初期の藩主・生駒一正公は、当時この鐘を高松城の鐘にしようと、田1町(ちょう)と引き換えに手に入れます。ところが、城へ運ぼうとすると思ったより異様に、大勢の人馬を必要としました。しかも、城についた途端音がならず、おまけに城下では悪病が流行。そして、自身も病に倒れた 一正公の枕元に毎夜鐘が現れ「もとの国分へいぬ(帰りたい)」と泣くのです。そこで結局、鐘は国分寺へ返すことに。城に運んだ時と違い、今度はなぜか少人数でも軽々と運べた上、鐘が国分寺へ戻った途端悪病は治まり、再び美しい音色を聞かせるようになったという伝説が残っています。

国分寺の見どころ

奈良時代の礎石が残る。(金堂跡・七重塔)広い境内には黒松の大木が樹立します。
本堂・梵鐘・礎石(金堂跡、七重塔跡)・大師堂(大師像が直に見える)・弁財天(国分寺には、さぬき七福神の中で紅一点の「弁財天」を祀る。)

国分寺の年中行事

水子総供養大法要修行
日時:6月第1日曜日14時より

第80番札所 白牛山 千手院 国分寺 (はくぎゅうざん せんじゅいん こくぶんじ)

宗派:真言宗御室派
本尊:十一面千手観世音菩薩
開基:行基
創建:天平13年(741)
真言:おん ばさら たらま きりく

アクセス情報

所在地:〒769-0102 香川県高松市国分寺町国分2065
電話:087-874-0033
駐車場:あり(無料・約20台
宿坊:なし

公式HP:http://sanukikokubunji.jp/

◆徒歩の場合:JR国分駅から徒歩4分(国分駅JR高松駅/坂出駅から徒歩14分)
◆車の場合:府中湖ICから9分/高松檀紙ICから12分
◆高速バスの場合:関西方面かた高速バス(フットバス)あり(停留所から徒歩12分)
◆飛行機の場合:高松空港から車で30分
◆新幹線の場合:岡山で瀬戸大橋への乗り換え・坂出駅から約14分
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