四国八十八ヶ所霊場紹介 愛媛県(伊予)の霊場

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トップページ >> 四国八十八ヶ所霊場紹介 >> 愛媛県の霊場 >> 清滝山 安養院 西林寺

弥陀仏の世界をたずね行きたくば
西の林の寺に詣れよ

清滝山 安養院 西林寺

西林寺の歴史・由来

寺の前に小川があり、きれいな水が流れている。門前にはまた正岡子規の句碑があり、「秋風や高井のていれぎ三津の鯛」と刻まれている。「ていれぎ」は刺し身のツマに使われる水草で、このあたりの清流に自生し、松山市の天然記念物とされている。
縁起によると、聖武天皇(在位724〜49)の天平13年、行基菩薩が勅願により伊予に入り、国司、越智玉純公とともに一宮別当寺として堂宇を建立した。その地は現在の松山市小野播磨塚あたりの「徳威の里」とされ、本尊に十一面観音菩薩像を彫造して安置した。大同2年(807)弘法大師が四国の霊跡を巡礼した際この寺に逗留した。ここで大師は国司の越智実勝公と協議、寺をいまの地に移して四国霊場と定め、国家の安泰を祈願する道場とされた。

このころ村は大旱魃で苦しんでおり、弘法大師は村人を救うために錫杖を突き、近くで清水の水脈を見つけた。寺の西南300mにある「杖の淵」はその遺跡とされ、水は涸れたことがなく土地を潤し、昭和60年の「全国の名水百選」にも選ばれている。
時代は江戸・寛永年間(1624〜44)、火災で堂塔を焼失した。元禄13年(1700)に松平壱岐守はじめ、家老、奉行など諸役人の手により一部を再建、宝永4年(1707)には中興の祖、覚栄法印が村民の雨乞い祈願を成就して松山藩に帰依され、本堂と鐘楼堂の再興に尽力、さらに江戸末期に大師堂と仁王門を復興している。

西林寺の見どころ

福授地蔵

仁王門

納経所前の庭園。お詣りすると1つだけ願いを叶えてくれるという、幸せを授けてくださるお地蔵さん。

孝行竹

閻魔堂の前。親竹と子竹が離れないで生えている竹で、家庭円満の象徴として信仰されている。

寺宝

『四國禮繪圖』。最古の四国遍路絵図として貴重。宝暦13年(1763)の刊行。また『四国霊場記』(明治24年・1891刊)も貴重資料。

西林寺へのアクセス

  • 松山インターチェンジから国道33号線を砥部方面へ。森松交差点を左に入り、森松バスターミナルを左折し、杖ノ淵公園先の交差点を左折。直進すると右手にみえます。

 

第48番札所 清滝山 安養院 西林寺 せいりゅうざん あんよういん さいりんじ


▲境内・駐車場案内図
宗 派: 真言宗豊山派
本 尊: 十一面観世音菩薩
開 基: 行基菩薩
創 建: 天平13年(741)
真 言: おん まか きゃろにきゃ そわか
住 所: 〒791-1111
愛媛県松山市高井町1007
電 話: 089-975-0319
駐車場: 普通20台・大型2台・終日・無料
宿 坊: なし