文字の大きさを変更
みほとけのめぐみの心神峯
山も誓いも高き水音

神峯山中腹の標高450メートルに山門、境内が広がる。
幕末のころ、三菱財閥を築いた岩崎弥太郎の母が、20km離れた家から急な坂道を21日間(三七日)日参し、息子の出世を祈願した話は、いまも伝わっている。
縁起による歴史の古さは屈指で、神功皇后(在位201〜69)の世に勅命で天照大神などを祀る神社が起源とされる。聖武天皇(在位724〜49)の勅をうけた行基菩薩が天平2年に十一面観音像を彫造して本尊とし、神仏合祀を行った。その後、弘法大師が伽藍を建立し、「観音堂」と名付けたのが大同4年(809)のころとされている。

明治初期、新政府の神仏分離令により、天照大神などを祀る神峯神社だけが残り、本尊は二十六番金剛頂寺に預けて一時廃寺の悲運に遭った。明治中期に、もと僧坊の跡に堂舎を建立して本尊を帰還させ、霊場は復活した。だが寺格がないため、大正元年、茨城県稲敷郡朝日村の地蔵院を移して認可を得るなど、苦難の道を歩んで今日にいたっている。
昭和30年代、愛知県の水谷繁治さんの妻しづさんが「脊髄カリエス」で大学病院にも見放されたが、夫婦はこの峰で霊験を得て奇跡的に全治したという実例がある。

石段の両側には樹齢数百年の古木と、美しく整備された日本庭園が四季折々の花を咲かせる。梅の季節にはウグイスの風流なさえずりを楽しめる。
鐘楼の裏手に湧く石清水。病気平癒に霊験あらたかであるという伝えがあり、遍路さんの喉を潤す。

| 宗 派: | 真言宗豊山派 |
| 本 尊: | 十一面観世音菩薩(伝行基作) |
| 開 基: | 行基菩薩 |
| 創 建: | 天平2年(730) |
| 真 言: | おん まか きゃろにきゃ そわか |
| 住 所: | 〒781-6422 高知県安芸郡安田町唐浜2594 |
| 電 話: | 0887-38-5495 |
| 駐車場: | 普通30台(時間は自由) |
| 宿 坊: | なし |